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3.『子供のあそび』 解説

明治後期の子どもたち

 明治後半になると、長万部村の人口は急激に増加。子どもの数も増え、大人たちの期待を担って地域ごとの学校も整えられていく。子どもたちは学校を核として結びつきを深め、彼らなりに遊びを通して連帯していく。

 本編に登場する子どもたちの遊びは、長万部に生まれた作家和田芳恵がその作品に残したものである。明治後半から大正期にかけ、子どもたちはこのように遊び、暮らしていただろう。

 しかし彼らとて、ただ遊んでいたわけではない。当時は子どもたちにも仕事があった。布団の上げ下げや掃除はもちろん、ランプ磨き、一升瓶での精米、子守りなど、たくさんの仕事があった。グミの実とりや魚釣りなど、実益を兼ねた遊びも多かった。

 ところで大人たちにとっても、学校は大切な場所であった。今日のように大きな建物や公共施設がほとんどない当時、子どものために建てた学校は、各種行事で大人たちが集う唯一の場所でもあった。

 そして学校の運動会は、「村中総出のにぎわいで、年間最大のたのしみ(沿革史)」だった。大人たちは地域全体で子どもたちを見守っていたのである。

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