静狩湿原の歴史

 約11,000年前に氷河期が終わり、長万部一帯は現在の海抜10地点まで海に覆われる“海進”現象が起こりました。やがて数千年の月日を経て砂州が伸長し、大きな潟湖ができあがりました、この湖は、生命力のある葦が増殖と堆積を繰り返しながら厚い泥炭層を形成し、その上に繁茂したヌマガヤも堆積し、次いで凸レンズを伏せたようなミズゴケが全体を覆って高層湿原を形成しました。

 静狩湿原の湿地帯は1922年(大正11年)の10月12日に国の天然記念物保有地に指定されました。その600ha(東京ドーム129個分)に及ぶ「水蘚泥炭地」は吉井義次、工藤祐舜両氏による静狩泥炭地調査報告(1926年・昭和元年)の中で『他に類をみない水蘚泥炭地の模範』として位置づけており、特にミズゴケの生育が旺盛で泥炭地特有の植物数が多いこと、浮島のある池塘を配し優れた湿原景観を有すること等をその特徴として挙げ、学術的に天然記念物としての価値の高さを評価し、静狩泥炭地の重要性を強調し、現状の変更についても強く戒められています。

 絶対の保護がうたわれ天然記念物に指定されたにも関わらず、昭和14年から徐々に指定の解除が進められましたが、戦後の食糧増産と引揚者の為の開拓地の提供の必要性という社会的国策の中で、昭和26年に天然記念物指定解除がなされました。解除になる前年の昭和25年から、開発の具体化のための関係機関との折衝が始まっており、11月には静狩原野入植受付が開始されています。北海道開発の政策の中で、静狩泥炭地も他の地域同様に開発事業の振興が優先され、学術的価値が十分に評価されなかったと考慮されます。

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