展示作品等

本郷 新のブロンズ像

 平和祈念館の前庭には、札幌市出身の本郷 新によるブロンズ像5基が展示されています。

1.「嵐の中の母子像」

■作品解説

 どんな苦境にあっても我が子を守る母の強さ・逞しさが見る人に強い感銘を与える「嵐の中の母子像」は、1953年、本郷 新47歳の時の作品です。1983年(昭和58年)8月15日、長万部町で43年間開業医を務めていた工藤豊吉(くどう とよきち・1909〜1995年)氏より、平和祈念館とともに長万部町に寄贈されたものです。

 この作品について、作者の本郷 新(1905〜1980年)は、次のように語っています。

 『作品のモチーフは、広島の惨害でした。胸に乳飲み子を抱きかかえ、背にもう一人の子どもを背負って立ち上がろうとする母子の必死の姿は、まさに突進の形です。いつ離れ離れになるかもしれないという不安と、非常な事態の中での愛情の危機、もしくは極限の状態です。この、とことんまで生きようとする母子の像を通じて人間の生命の尊厳を象徴づけたつもりです。だから、単なる母子像というより、母子二代にわたる悲しみ、二つの世代に横たわる悲劇の記念碑というわけです。』

■制作の苦悩、そして共感

 本郷 新は、北海道を代表する彫刻家です。西洋の愛と慈しみの象徴としてのマリアとキリスト像とは異なる母子像、白鳳・天平時代の仏像とも違う「現代日本における母子像とは何か」を探求し、たどり着いたのが、戦後日本の母と子が置かれている厳しい状況を造形化することでした。完成した作品は、1953年秋の新制作協会展に出品され、その後、1959年第5回原水爆禁止世界大会を記念して「嵐の中の母子像」の石膏像が日本原水協を通じて広島市に贈られました。この像に共感した広島市の婦人団体がブロンズ像鋳造費の募金活動を始め、賛同した広島市民から2,000万円を超える募金が集まり、翌1960年広島平和祈念公園にブロンズ製の「嵐の中の母子像」が設置されました。

■「嵐の中の母子像」設置場所

・広島平和記念公園(広島県広島市)

・北海道立近代美術館(札幌市)

・平和祈念館(長万部町)

2.「わだつみのこえ」

 

3.「北の母子像」

 

4.「鳥の碑」

 

5.鳥を抱く女

 

 

石像・石碑・石仏

・池田 譲(函館市出身)による石像4基

・反戦詩人の峠 三吉の詩碑3基

・96体の石仏(別館)

 

その他の作品

 館内には、平和への祈りを基調としたコレクションが並び、古今東西の仏神像や絵画、水墨画が所狭しと展示されています。特に注目すべきは江戸時代の僧・円空(作)の「観音菩薩坐像」(町指定文化財)や、この館の象徴ともいえる絵画「原爆の図(母子像)」です。人類の恒久平和を祈念するという平和祈念館建設に賛同された世界的にも名高い丸木位里・俊 夫妻が「原爆の図」の続編として、この平和祈念館のために描かれた特別な作品です。

「原爆の図」