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資料・開基・由来

安政2年(1855)幕府は松前藩のほか仙台・秋田・南部・津軽の各藩に北海道と樺太を分担警備させることにしました。

 長万部の警備を命ぜられたのは南部藩で噴火湾を望む高台に陣屋を建て物頭久慈三蔵ら総勢20人が噴火湾の警備につきました。
これが「史跡南部陣屋」ですが、安政4年には廃止されました。

 明治6年(1873)竹内弥兵衛が副戸長に任命され、近代国家組織の末端機構である村の首長が置かれたということで、この年をもって長万部町の開基としています。

南部藩蝦夷地経営図
南部藩蝦夷地経営図
(安政年間<1850年代後半>)

  • おしゃまんべの由来
  • 北海道内の多くの地名同様アイヌ語に由来し、「オ・サマム・ペツ、川尻が横になっている」という説です。

    右:川上十郎が残した「沿革誌」に綴じ込まれた長万部付近の地図

長万部古地図